美容師の欲求 2
女を見送り職場に戻った。
すると、この美容院で何年も働いてる男が話しかけてきた。
「おい、またカタログと同じ髪型じゃないか。何年も見本通りの髪を切ってるからいつまで経っても成長しないんだよ。
おい、わかってるのか?」
「そうですね。次は頑張ります。」
この男は何かと私に嫌味を言ってくる。私が初めてこの職場に来た時の直属の上司である。この男なりの美容院に対するポリシーが有るらしく、そのポリシーとやらを他人に無理やり押し付けるのである。
私も他人と揉め事は起こしたく無いので、ある程度は寛容に対処するのだが、この男のポリシーとやらが非常に私と合わなかった。
「美容師は芸術家であり、髪型は作品だ。」これがこの男のポリシーらしい。この男は自分で作り上げた髪型を客に提供する。例えお客の方がカタログの髪型にして欲しいと注文しても、話を濁し、自分の作り上げた髪型でカットをする。
また、インスタグラムをやっており、開発した髪型を投稿をしているそうだ。フォロワーは3000人。私はSNSをやった事が無いのでよく分からないが、この男はこのフォロワー数を持って自分はカリスマ美容師だと自負している節がある。
この職場では尊敬する人もいれば、毛嫌いする人もいる。私はどちらでも無い。私に害を為さなければカリスマ美容師だろうがスーパー美容師だろうがどうでもいい。ただ不躾に考えを押し付けてくるので迷惑しているのである。
私は髪型には興味が無いのである。私はただ相手の背後に立ってハサミを使って髪を切りたいだけなのである。新しい髪型を考案して、SNSにアップして、人気カリスマ美容師になりたいわけでは無い。(そもそもネット上に個人情報を晒す事が理解出来ない。)
客が注文した髪型をただ正確に忠実に再現するのが仕事だと思っているし、それ以上でもそれ以下でも無い。客にその髪型が似合うかとかは客自身の問題であって、私の仕事の範疇を超えているのでそれ以上やる意味が無いと思っている。
後方で私の愚痴を同僚に話している。
私は其れを聞き流し、次の予約の準備に取り掛かった。