美容師の欲求 1
美容室では軽快なjazzが流れる。
ハサミの音、ドライヤーの音、お客との会話、あらゆる音がこの空間を満たしていた。
私は艶やかな髪をクシで整えながら、どの様な髪型にするか考えてた。
「今日はどの様な髪型にしますか?前回はセミロングの外ハネ系でしたけど。如何致しましょうか。」
すると、女は髪型のカタログを見せ、この様な髪型にしてくれと注文してきた。
数秒見つめる、この女に似合うかはさて置き、自分がこの髪型を再現出来るか、頭で構築していく。
全体的に3センチ程カットして、頭頂部の髪の量をすいていく、最後に重たい前髪を韓国風にしたら注文通りの髪型に成るだろう。
「承知致しました。では、髪を洗いますね。」
基本的に私の客は会話をしない。私は客に合わせて会話をしているのだけれど、ここ数年で私の客は話を振ってこなくなった。
無意識的に彼らも話が合わないと思ったのだろう。それとも、本当に髪を切りに来る為に来ている客なのかもしれない。
髪を洗い終え、いよいよカットに入っていく。
なんて綺麗な髪なんだろう。美容師ながらこの女の髪に見惚れていた。水で湿っていながらも指を通すとスルリと入っていく。
匂いもいい香りだ。きっと美容院に来る為にわざわざ香水を髪に振り掛けたのだろう。
ハサミで髪をカットしていく。この瞬間が一番堪らない。ハサミの音、髪が床に落ちる音、そして、
徐々に頸が露わになっていく。
この女の頸は美しかった。細くて一本の線で描いた様だった。右下肩のほうに黒子が一つ。左上耳後ろに青緑の血管が薄ら窺える。
なんて無防備なんだろうか。女の背後にハサミを持った男が立っているというのに。このままハサミを女の頸に突き立てたい。
この女は健康にも気を遣ってそうだから、赤赤として血飛沫が空間いっぱいを満たしてくれそうだ。
どんな顔をするだろうか。私は後ろからハサミを突き刺すから、この女の顔を見ることが出来ない。
綺麗な顔立ちをしているから最高に歪んだ顔になってくれたら理想的だ。
ふと気づく、鏡が目の前にあるじゃないか。鏡越しではあるけれどこの女の顔を見る事ができる。
すると、女と目が合った。
特に話す言葉も思い付かなかったので、営業スマイルを送った。
女もぎこちない笑顔を作り、手元の雑誌に目を戻した。
女が想像もできない様なことを思慮しながらも、注文の髪型が完成した。
「如何でしょうか?」と言葉を添える。
女は鏡を覗きながら、自分の髪をチェックしていく。その時の女の顔はキメ顔を作っていた。
「大丈夫です。有難うございます。」女は丁寧にお礼を言った。今時の二十代にしてはこの女は礼儀が良かった。
他の美容師たちも羨む気持ちはがわかる気がする。どうして毎回私を選んでくれるのかよく分からなかった。
「では、お会計を」と言い、女を会計場まで案内する。
「本当に器用ですね。雑誌の髪型とおなじです。色々な美容院を経験しましたが、サトルさんが一番上手ですよ。」と女が言った。
どうやら、私と何かしらの会話がしたいらしい。
「有難うございます。シホさんの髪のお手入れが良いので本当にやり易いからですよ。」本当のことを言い、営業スマイルを作った。
女は照れながら自分の髪を撫でた。さっさと4950円を支払って貰い。出口まで案内した。
「今日は有難うございます。またよろしくお願いします。」と女は頭お下げた。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。ではお気を付けて。」営業スマイルは忘れない。
女は何かを言いたがったそうだが、自然と手で促したら、女は一回お辞儀をはさみ、振り返って歩み出した。
私は一息ついた。一つの仕事が片付いたからだ。小さくなった女の背中を見ながら、
いつかは、殺してみたいなぁ。と心底思った。